追悼──堀達也元知事 ゆかりある6人が語る「素顔の堀さん」
自主・自律目指し困難な2期8年を駆け抜けた道産子知事

2026年07月号

公益社中央霊堂で営まれた葬儀での遺影
(5月18日の通夜、札幌市中央区)

強かった職員への思い、こよなく愛したゴルフ


堀達也元知事が5月16日、満90歳で死去した。樺太に生まれオホーツクの遠軽育ち。遠軽高校から北大農学部林産学科を出て道庁に奉職。初任地は当時の網走支庁上渚滑林業指導事務所だった。営林署の現場からスタートして出世階段を駆け上がり、横路孝弘道政時代には副知事として業界対策や議会対策などに大きな調整能力を発揮した。その能力を連合北海道などに評価され1995年4月の知事選に出馬して初当選。99年4月には当時の民主党と自民党の相乗りで再選を果たした。そんな堀氏の知事時代や退任後に親交があった6人に本人の素顔や思い出を語ってもらった。

(佐久間康介・工藤年泰)

「仕事師」の真骨頂


 堀氏は2期8年の知事在任中にに「不正経理問題」や「泊原発3号機」「苫小牧東部開発」「幌延深地層研究センター」などの懸案に道筋を付けたほか、公共事業を見直す「時のアセス」など道政史上に残る実績もつくった。1996年の豊浜トンネル事故では、「災害ではなく事故」のコメントが切り取られて批判を浴びたこともあった。
 3期目を目指したものの、当時の町村信孝衆議(故人)が古巣の通産省(現・経済産業省)から北海道経産局長を務めた高橋はるみ氏(現・参院議員)を立てたことで出馬を断念。知事退任後は、札幌大学理事長や北海道開拓記念館館長、北海道体育協会会長、北海道森と緑の会理事長、北方領土復帰期成同盟会長など多くの公職に就いた。
 以下、ゆかりのあった6人の声を紹介する。

2000年当時、2期目時代の堀氏

道新記者が不同意わいせつ
自社紙面には「知人」表記

猟銃「廃棄」で検察が改めて「適正」主張

日本赤十字和解拒否

医療講演会 第19回札幌ハートセミナーを開催
札幌心臓血管クリニックが低侵襲治療でさらなる進化

堀氏と横路氏、2人の元知事によるツーショット(2014年3月、社会福祉法人ノテ福祉会設立30周年記念祝賀会で)

通夜と告別式には延べ約750人が参列した

2000年当時、2期目時代の堀氏

堀氏と横路氏、2人の元知事によるツーショット(2014年3月、社会福祉法人ノテ福祉会設立30周年記念祝賀会で)

通夜と告別式には延べ約750人が参列した

道新記者が不同意わいせつ
自社紙面には「知人」表記

猟銃「廃棄」で検察が改めて「適正」主張

日本赤十字和解拒否

医療講演会 第19回札幌ハートセミナーを開催
札幌心臓血管クリニックが低侵襲治療でさらなる進化

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