日本医療大学病院「もの忘れ外来」の認知症専門医・石田智隆医師に訊く
認知症でも穏やかな日々を可能にする医療と介護とは

認知症では患者や家族の話に耳を傾けることがとりわけ大事と話す石田医師
(いしだ・ともたか)1978年東京都出身。北海道大学理学部を卒業し民間企業で勤務後、医師を志し札幌医科大学に入学。臨床精神医学を学び、市立砂川病院などを経て現在は認知症専門医として社会福祉法人ノテ福祉会が運営する日本医療大学病院精神科で「もの忘れ外来」を担当。医療法人勉仁会 中垣病院副院長。精神保健指定医、日本精神神経学会認定精神科専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医・指導医、認知症サポート医、臨床研修指導医、難病指定医。48歳
Medical Report
国内有数の整形外科専門病院として知られる医療法人 北海道整形外科記念病院(札幌市・160床)の新理事長に上肢治療のエキスパートである近藤真院長(64)が就任した。「患者さんに笑顔で病院を後にしてほしい」をモットーにする近藤理事長は北大で学んだ時代に準硬式野球のピッチャーとして活躍したスポーツマンでもあり、現在もリトルシニアリーグのチームドクターを務めているほど野球と縁が深い。5月から理事長兼院長として病院を率いる近藤医師に今後の抱負をはじめ、北大と取り組んだ新薬の治験と効果、専門分野である上肢の疾患、今回はとりわけスポーツ障害について訊いた。
(5月26日取材 工藤年泰・武智敦子)

新しい出来事などを一時的に保管する脳の海馬が萎縮した認知症患者のMRI画像
大事な早期発見、早期治療
認知機能が低下し日常生活に支障をきたす認知症は、原因を細分化すれば70種類以上あるとされるが、「アルツハイマー型認知症」「レビー小体型認知症」「血管性認知症」「前頭側頭型認知症」が全体の9割以上を占め、これらが4大認知症と呼ばれる。今回、石田智隆医師には、この中で症例の少ない前頭側頭型認知症を除く3大病型について解説してもらった。
認知症の中でも最も多いアルツハイマー型認知症は、通常は排出される「アミロイドβ」と呼ばれる異常たんぱく質が脳内に沈着して神経細胞を破壊することで、もの忘れなどの記憶障害や自分のいる場所や時間などが分からなくなる見当識障害に加えて、幻覚、妄想、暴言・暴力、徘徊といった症状が現れるが、これらは他の病型認知症にも共通する面がある。
レビー小体型認知症は、脳の神経細胞に異常なたんぱく質「レビー小体」が蓄積することで神経細胞が破壊され、幻視が現れるのが特徴だ。夜中に大声を出したり奇異な行動が見られるほか、運動が鈍くなるパーキンソン症状を発症するケースもあり、多彩な症状を呈する。また脳梗塞や脳卒中などの脳疾患が原因で発症する血管性認知症は、認知機能を司る前頭葉や頭頂葉などの皮質で血管が詰まり、十分な酸素が送れなくなることで細胞が死滅し記憶障害や判断力の低下が起きる。この病型では感情のコントロールが上手くいかず泣き出したり、怒り出したりすることもある。
これらについて石田医師は、「アルツハイマー型認知症では、実は症状が出る何年も前から脳の異変が起きており、徐々に認知機能が落ちていきます。一方、レビー小体型認知症はアップダウンしながら認知機能が低下し、血管性認知症は階段状に低下するのが特徴です。症状は認知機能の低下以外では、行動・心理症状(BPSD)といって、記憶障害などにより引き起こされる不安や抑うつ、徘徊や暴言、暴力、妄想や幻視、便をもて遊ぶといったさまざまな症状が出てきます。特にレビー小体型認知症は幻視が特徴ですが、アルツハイマー型認知症でも後半になるとレビー小体型のような症状が現れたり合併するケースもあります」と説明する。
認知症を改善するには何より早期発見、早期治療が必要だ。この点について石田医師は「早期に発見し、治療につなげていくのは社会的に大きなテーマだと考えています。患者さんの中には、ご家族が気付いて早めに受診できる人もいますが、独居のお年寄りの場合は自治体が直営や委託で設置する地域包括支援センターなどの担当者が気付くケースが多い。こうしたこともあり、当病院のもの忘れ外来では、認知症かどうか微妙な段階で受診する方から認知機能がかなり低下してから受診する人まで幅が広い。早期発見のためにも地域包括支援センターなどの社会資源との地域連携はすごく大事だと思っています」と話す。

エーザイから発売されているレカネマブ
(商品名:レケンビ)
(写真は同社のホームページから)

認知症には適切な介護が欠かせない
(写真はイメージ)
新しい出来事などを一時的に保管する脳の海馬が萎縮した認知症患者のMRI画像
エーザイから発売されているレカネマブ
(商品名:レケンビ)
(写真は同社のホームページから)
認知症には適切な介護が欠かせない
(写真はイメージ)
進行を遅らせる新薬も
認知症はアルツハイマー型認知症であればアミロイドβ、レビー小体型認知症はレビー小体という不要なたんぱく質が脳に溜まり脳が萎縮するのが原因だが、近年はアルツハイマー型認知症の遺伝子リスクとしてアポリポプロテインE(APOE)と呼ばれるたんぱく質の遺伝子型が発症にかかわっていることが分かってきた。APOEはコレステロールを血液から回収する役割を持ち脂質の輸送や代謝などに関わっている。このたんぱく質の遺伝子には2番、3番、4番の3種類があり両親からひとつずつ受け継ぐことで6つの遺伝子パターンが形成され、特に4番を持つ場合はアルツハイマー型認知症の発症リスクが高くなるという。
この他の原因では脳へのダメージが大きくなる生活習慣(喫煙などでの血管障害)が背景にあるものや、視力の低下や難聴も認知症の発症リスクとしてあげることができる。
「少し記憶が低下してきた人が難聴になると、家族が言ったことを聞き逃したり、適当な返事をしてしまいます。こうした状況が長く続くと認知機能が低下しやすい。つまり聴覚や視覚にしても、刺激を受けにくい環境は認知症のリスクを高めるので、一人暮らしよりもコミュニティの中にいる人の方がリスクは低くなります。このため、少しでも認知症の症状が見られた場合はデイサービスやデイケアに通い体を動かしたり、おしゃべりをすることが大事です」(石田医師、以下同)
認知症の受診から診断までの流れは、問診をはじめ長谷川式などによる神経心理検査、MRIによる脳の検査、血液検査を踏まえて確定診断を行なう。
「独居の高齢者はかかりつけ医を持っていない人も多いので、認知症の発症リスクをはじめ特定の疾患を見つけるためにも採血は必要です。中でも糖尿病や腎疾患がある患者さんには使えない治療薬もあるので、血液検査は必ず行なわなければいけません」
診断は前出の4つの検査データを総合して病型を鑑別する。治療をめぐっては、数年前に開発された「レカネマブ」と「ドナネマブ」という脳内のアミロイドβを除去することで進行を遅らせる効果が期待される薬剤が出ており、保険収載されている。ただ適応となるのは初期のアルツハイマー型認知症と軽度認知障害(MCI)とに限定されている。レカネマブやドナネマブの治療を行なう際は、まずアミロイドβが溜まっているかどうかを大学病院などの初期投与施設で検査して半年以上投与を続けなければならない。副作用がなく安定した治療が行なえると判断すれば一定の条件を満たした関連病院でも治療ができる。
「札幌医科大学附属病院などで点滴投与してから6カ月の間、出血や脳の浮腫などの副作用がなければ我々のような関連医療機関が治療を引き受けており、当院でも2人の認知症患者の治療を行なっています。ただ認知症の初期段階向けの薬剤であり、症状が少し進んでからの投与では期待した効果が出ない場合もあります。治療費は3割負担の方で月額10万円程度かかりますが、高額医療費制度などを使うことによって一定の金額に抑えることもできます」
石田医師が最も大事にしているのは患者の「その人らしさ」をどう生かしていくか。
「症状が進行すると家族の介護負担が大きくなるので、早期発見を心がけると同時に発症後はさまざまな介護サービスを積極的に利用することも必要です」
医師に必要な「聞き取る力」
かねてから認知症研究に力を入れている「つしま医療福祉グループ」では、傘下の日本医療大学に認知症研究所を設置。発症メカニズムの解明から予防、発症を遅らせる手法などを研究してきた実績がある。グループの母体で多くの介護事業所を展開している社会福祉法人ノテ福祉会では、認知症の臨床フィールドとして大勢の利用者を抱えており、日本医療大学病院に「もの忘れ外来」があることは、利用者の安心感にもつながっている。
ベッド数105床の同病院は回復期の患者を診る地域包括ケア病院として内科、循環器内科、消化器内科を備えるが、この他に専門外来として「もの忘れ外来」を開設。週3日(月・火・木)の午前中に石田医師らが診療を行なっている。
認知症の患者数は正確にはカウントされていないが、「2040年には65歳以上の5人に1人が発症する」という推測データもある。ただ、最近は認知症予防の啓発活動が盛んに行なわれていることもあり、患者の割合はやや低下しているという。
一方で、認知症の患者の需要はあるのに、診ることのできる専門医が不足しているという現状もある。認知症に対応する診療科は脳神経外科、脳神経内科、精神科などだが、脳神経外科では手術志向のドクターが多く、脳神経内科や精神科も認知症に関心を寄せる医師はどちらかと言えば少ない。専門医不足の背景には、認知症では症状を改善できても根治が難しいこともあるようだ。
「脳神経外科と脳神経内科、精神科の3つの診療科だけでなく、かかりつけ医を含めて認知症患者を診る体制を整備することが大事だと考えます。各診療科の得手不得手もありますが、認知症治療においては、患者さんやご家族の話をしっかり聞いて本人や家族が抱えている課題を見極めることのできる医師が何より求められている思います」
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