Business Report
陸上養殖稼働から3年で着実な成果 プラント成約に続き生鮮出荷も開始

見事に育ち銀色に輝くトラウトサーモン(写真提供:杜のサーモンプラント・東神楽)
エア・ウォーター「杜のサーモンプラント・東神楽」
エア・ウォーター(本社大阪)による上川郡東神楽町の陸上養殖施設「杜のサーモンプラント・東神楽」が着実に成果を挙げている。プラントを稼働させてから3年、陸上養殖の知見を蓄積するとともに育てたトラウトサーモンを町内のスーパーマーケットに出荷するなど事業はプラント設備の受注にも繋がり、陸上養殖を通じて地域の活性化を図るという目的に近づいてきた。今後は、トラウトサーモンとなる養殖ニジマスの数を増やす高密度飼育や成長を早めるノウハウの確立、ランニングコスト削減に向けた最適なシステム構築などに取り組むほか、道内自治体や漁協など10件程度のプラント受注を見込んでおり、今後の展開が期待される。海のない東神楽町で生まれた水産物が秘める可能性とは──。 (9月17日取材 佐久間康介・工藤年泰)
初受注は根室市水産研究所 陸上養殖の知見を社会実装

地元のスーパーに並ぶ「恵望(えくぼ)サーモン」(写真提供:杜のサーモンプラント・東神楽)

エア・ウォーター陸上養殖推進グループの紙谷さん(左)と大城さん

施設のエントランスに設置された展示水槽。これらのニジマスが2.5キロにも成長する

飼育用水槽の水質はセンサーで常時管理されている

出荷前の仕上げの水槽で管理されているトラウトサーモンを披露する紙谷さん

「恵望サーモン」は口当たりがよく、しっかりした味わい
エア・ウォーター陸上養殖推進グループの紙谷さん(左)と大城さん
施設のエントランスに設置された展示水槽。これらのニジマスが2.5キロにも成長する
飼育用水槽の水質はセンサーで常時管理されている
出荷前の仕上げの水槽で管理されているトラウトサーモンを披露する紙谷さん
地元のスーパーに並ぶ「恵望(えくぼ)サーモン」(写真提供:杜のサーモンプラント・東神楽)
「恵望サーモン」は口当たりがよく、しっかりした味わい
地元スーパーに生鮮で出荷 もちもち感と濃い味が評判
ここで養殖したトラウトサーモンの出荷も始まっている。当初は魚自体の販売を想定していなかったが、ここで育ったトラウトサーモンは、海のない町で育てられたサーモンとして町内でも話題になった。一昨年、町内関係者に試食してもらったところ、冷凍ではない生のもちもち感があって、色もきれいで味も濃いと評判になった。このため魚の販売もできるように事業目的を改め、市販に乗り出した。今年5月からは、町内のスーパー「BESTOM東神楽店」の水産コーナーで取扱いを開始している。
同店で販売しているのは、1年半ほど育てた2・5キロのトラウトサーモン。出荷する段階で人工海水を使用し、本来の旨みを引き出すようにしている。価格は100gあたり698円と一見高価に見えるものの、アトランティックサーモンと同じ価格帯に設定し、「恵望(えくぼ)サーモン」と名付けた。命名の由来について紙谷さんは、「当社のパーパス(社会的な存在意義)である“地球の恵みを、社会の望みに。”を引用するとともに、地域の協力に恵まれて育ち、魚が獲れなくなりつつある時代に望まれる取り組みという意味を込めて命名しました」と話す。
現在の出荷ペースは、1週間に5尾程度だが、東神楽町のふるさと納税返礼品への登録も進めており、今後は出荷数も増えそう。他のスーパーへの出荷のほか、町内だけでなく旭川、札幌の飲食店向けにも近い将来には出荷していく考え。紙谷さんは、この仕事に就くまで養殖や魚の販売についての知識は何もなかったが、今では飼育や出荷に欠かせない、なくてはならない存在になっている。「ここで育ったサーモンを食べていただくことで皆さんに感動を与えることができている。この仕事に使命感と喜びを日々感じています」(紙谷さん)
プラント稼働時には、卵をふ化させて2年間で2キロに成長させることを目標にしていたが、今は1年4カ月間で2・5キロに成長させる目標に切り替えた。実際に少ない魚の数では、この目標を達成できているが、今後は魚の数を多くして短期間で成長させるノウハウを確立する。
「現在は、2・5トンの水に対して5%、つまり千尾を育てるのが限界です。これを踏まえ現在、水槽の改良工事を進めており、10月にはエサを多く与えられるように排水浄化機能を高め、2・5トンの水に対して10%、2千尾を1年4カ月で育てられるようにしたい」と大城さんは言う。排水浄化装置に関しては、エア・ウォーターが出資しているFRDジャパン(本社さいたま市)と技術提携しており、高密度飼育と成長促進に対応した機種を組み合わせて対応する。
排水処理能力を向上させ 高密度飼育と成長を促進
プラントのランニングコスト低減に向けた改良工事にも取り組んでいる。現在、排水浄化設備は直径7mの水槽ごとに4つあるが、それを複数の水槽に対してひとつの浄化装置で対応できるようにユニット化、装置点数を減らして省エネ化に繋がるようにする。「陸上養殖では、エサ代の費用が大きく次に電気代が占めています。昨今のエサ代高騰で節約は難しいため、電気代をいかに抑えるかがポイントになってきます。浄化装置のユニット化によって電気代の節約に繋げたい。ニジマスの体の斑点をパーマークと呼びますが、500gになるとパーマークが消えて海で生きられるようにスモルト(Smolt)化します。そこまでの電気代を従来比で66%削減できる見込みです」と大城さんは胸を張る。
サーモンの陸上養殖プラントを手掛ける競合企業は多い。エア・ウォーターの強みは、前述したように陸上養殖に不可欠な酸素、人工海水を商材として保有していることに加え、物流に至るまでトータルにサポートできる体制が整っていることにある。さらにエア・ウォーターは、ほくさんの流れを汲む北海道に根差した企業である点も、道内での競争力のひとつになっている。当面の陸上養殖プラントの納入先と想定しているのは、道内自治体や漁協などで、そうした先のニーズをいち早くキャッチして、素早いサポート体制を敷くことによって成約に繋げたい考えだ。
高市政権が掲げる17の国家重点投資分野にフードテックが掲げられているが、陸上養殖はフードテック4項目のひとつに入っており、今後の成長分野として期待がかかっている。陸上養殖プラント導入に伴う補助制度の充実も検討されており、業界には追い風が吹く。
「杜のサーモンプラント・東神楽」本格稼働から3年、成果とともに社会的責任もより大きくなってきた。大城さんは、「道内を回っていると衰退している漁村が目に付くことがあります。このままこの漁村が消えていけば、空白地帯になって国防の観点からも課題が増えていくのではと危惧しています。陸上養殖という新しい産業がこうした地方に普及すれば安全保障や食料需給という国家的課題にも対応できます。社会的な責任を自覚しながら普及に努めていきたい」と口元を引き締めた。
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東神楽町の山村で始まったプロジェクトは、3年を経て陸上養殖の普及に向け確かな成果を挙げつつある。さまざまな魚種に対する陸上養殖のニーズがあるため、トラウトサーモン以外の取り組みも喫緊の課題になってきた。海のない東神楽町で生まれた水産物が新たな特産品に加わろうとしていることも注目に値する。それは技術の進化の賜物であり、文字通り「恵望サーモン」の贈り物と言えるだろう。