がん拠点病院「恵佑会札幌病院」の泌尿器科部長に久末伸一医師が着任
ダヴィンチ手術、待望の再開
メンズヘルスにも外来で対応
故郷の北海道に戻り恵佑会札幌病院の泌尿器科を担う久末伸一医師
(ひさすえ・しんいち)1969年苫小牧市出身。95年札幌医科大学卒業後、同大附属病院泌尿器科に入局。2006年アメリカのマサチューセッツ大学神経分泌センターに留学し男性ホルモン(テストステロン)と脳の関係の研究に従事。帰国後は札幌医大附属病院の泌尿器科助教、帝京大学医学部附属病院泌尿器科講師、順天堂大学医学部泌尿器科学教室准教授、千葉西総合病院泌尿器科部長、国際医療福祉大学成田病院腎泌尿器科教授を経て、25年4月1日付けで恵佑会札幌病院泌尿器科部長に就任。日本泌尿器学会泌尿器科専門医・指導医、日本性機能学会認定医、日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医、難病指定医。55歳
Medical Report
社会医療法人恵佑会(高橋宏明理事長)が運営する札幌市白石区のがん拠点病院「恵佑会札幌病院」(229床)の泌尿器科トップに、ロボット支援手術の第一人者で北海道出身の久末伸一医師(55)が4月1日付で着任した。同病院の泌尿器科は専門医の不在で3年前から外来対応にとどまっていたが、久末医師の着任により前立腺がんなどの治療で「ダヴィンチ手術」が再開されることになり、今後が期待されている。関東の大学病院を中心に泌尿器外科手術の実績を積み、男性の更年期障害の治療にも取り組んできた久末医師は、「これまで培ってきた技術と知識を故郷のために役立てたい」と意欲を口にしている。
(4月25日取材 工藤年泰・武智敦子)
術者はコンソールに座りモニターを見ながらダヴィンチを操作する
ダヴィンチによる前立腺がんの摘出術
泌尿器科で大きなテコ入れ
1981年に札幌市白石区に開院した恵佑会札幌病院は、がんの診断・治療・再発・終末期までを一貫して手掛けることで知られ、2009年には地域がん診療連携拠点病院に指定されている。手術、薬物療法、放射線治療を組み合わせた「集学的治療」体制を整備し、患者のニーズに応えるため手術支援ロボットなどの最新の医療機器も導入してきた。
同病院の泌尿器科は腎臓から尿管、膀胱、尿道に至る尿の通り道(尿路)に関わる疾患と精巣(睾丸)、前立腺、陰茎、勃起不全(ED)など男性生殖器に関わる疾患、さらに内分泌臓器である副腎の疾患や女性の腹圧性尿失禁などの診療・治療に当たってきた。この中で内視鏡手術を支援するロボット、ダヴィンチ(アメリカ製)を使った前立腺がんなどの手術にも取り組んでいたが、3年前に専門医が退職したため以後は外来診療のみになっていた。
今回、そのダヴィンチ手術の再開に向け泌尿器科部長として着任したのが久末伸一医師だ。苫小牧市出身で1995年に札幌医科大学卒業した後、同大附属病院の泌尿器科に入局。2006年にアメリカのマサチューセッツ大学に留学し、神経分泌センターで男性ホルモン(テストステロン)と脳の働きの関係についての研究にも従事した。帰国後は2011年から帝京大学医学部附属病院や順天堂大学医学部、千葉西総合病院、国際医療福祉大学成田病院といった関東の大学病院を中心としたハイボリュームセンター(手術件数の多い医療機関)の泌尿器科専門医として実績を積んだ。米国留学以後の14年間に2千例近い開腹・腹腔鏡手術を執刀。そのうちダヴィンチ手術は800例以上に上る。
そんな久末医師が北海道にUターンしたのは、難病を患った父の介護のためだったという。
「恵佑会の高橋理事長が大学の同期だったため相談すると、ぜひ来てほしいと。北海道に来てから、おかげさまで父の具合もだいぶ良くなりました」(久末医師、以下同)
ダヴィンチによる手術は患者の体の数カ所を切開し、そこから内視鏡とロボットアームを挿入。腹部の傷が小さく痛みも少ない特徴がある。内視鏡カメラからモニターに映し出される鮮明な映像を見ながら医師がロボットアームを操作し手術を行なうもので、従来の内視鏡手術に比べ、より高い精度が得られるとされる。
ロボットアームの先端につく鉗子は人間の指の役割を担うが、ダヴィンチは鉗子に関節がついており、人の指と同じような動きが可能だ。医師の手の震えを自動的に抑え微細な動きができるため出血量が減り、手術後の尿失禁や性機能障害からの回復が早まるなど、患者だけでなく執刀医にもメリットがある。
ただ、多くの疾患で保険適用になってはいるが、加算が付くのは泌尿器科の腎がんと前立腺がんで消化器系では胃がんのみ。加算の条件はロボットを使用したことで患者の合併症が減ること。さらに開腹術や内視鏡手術に比べ時間が圧倒的に短くなるなど、患者側のメリットが科学的に証明されなければいけない。
「例えば当病院で有名な食道がんについてもダヴィンチ手術はできますが、加算が付かないためその分の治療費は病院負担になります。ダヴィンチは導入に約3億円。毎回の手術にランニングコストとして数十万円かかるため、減価償却するには年間100件の手術を5年間続けなければ割に合わない。それでも多くの患者さんはダヴィンチ手術を希望し、執刀医も治療成績やオペの負担の観点からダヴィンチを使うのです」
「ダヴィンチXi」のシステム全体
術者はコンソールに座りモニターを見ながらダヴィンチを操作する
ダヴィンチによる前立腺がんの摘出術
「ダヴィンチXi」のシステム全体
他科と連携する恵佑会の強み
恵佑会札幌病院では2012年に「ダヴィンチXi」を2台導入。前立腺がんなど泌尿器科を中心に食道がんや胃がんなどの消化器系をはじめ泌尿器科、耳鼻咽喉科でもダヴィンチ手術を行なってきた。
久末医師がダヴィンチ手術を始めたのは、帝京大学医学部附属病院に赴任した14年前のこと。
「全国的にもダヴィンチの立ち上げが始まった頃でした。術後の合併症も少ないことから、前職の国際医療福祉大学成田病院では福岡、愛知、山形、宮城など遠方の患者さんの手術にも対応していました。前職の松戸市の千葉西総合病院では150万人に1台でした。これに対し、道内で導入されているダヴィンチの数は47台で、そのうち200万都市の札幌では当病院を含めて22台が稼働している。札幌は、いわばダヴィンチの密集地帯なんです」
久末医師の着任により同病院の泌尿器科は新田俊一医師との2人体制に。外来は月曜日と水曜日の午前中に久末医師が、それ以外の日は新田医師が対応する。空いた日は全て手術に充て、木曜日の午前と午後はダヴィンチによる手術を行なう。
着任後は、レーザーによる尿路結石治療などを行ない、4月下旬にはダヴィンチを使い60代の前立腺がん患者の摘出手術を手がけた。手術は1時間で終わり出血も10ccで済むなど極めて低侵襲だったという。
「前立腺がんについては、初期段階もしくは、リスクが低ければ経過観察を勧めています。一方、ある程度のリスク以上の患者さんには手術や放射線治療などについて説明し、同意を得た患者さんに手術を行ないます。20年前までは、腫瘍を取り切れない手術は行ないませんでしたが、今はダヴィンチのおかげで、ある程度高リスクの人も手術の対象になっています」
この5月の初旬には、前立腺がんの摘出と腫瘍のリンパ節転移に対して、リンパ節を切除する「リンパ節郭清」の同時手術をダヴィンチで行なう予定だ。「今まではリンパ節郭清をしても、あまり予後は変わらないとの認識でしたが、最近ヨーロッパから再発率を抑えるという論文が出ています。ただリンパ節郭清をすると100例に1例程度の割合で足のリンパ浮腫が現れます。リンパ液は体幹中枢に向かって戻っていくものですが、手術によって経路が途絶えたことで足にリンパ液が溜まりむくむのです。直腸がんの手術でも同様のリンパ浮腫が起きることがあります。その点、がん治療を中心に行なってきた当病院にはリンパ静脈吻合手術のできる形成外科医がいるので、合併症が起きても改善が期待できます」
男性の更年期障害にも対応
毎週水曜日には、男性更年期障害と男性性器機能障害の外来診療もスタート。年齢を重ねると男性ホルモン(テストステロン)の分泌が低下し男性の更年期障害が起きることは、札幌医大名誉教授の故・熊本悦明氏が明らかにしている。久末医師は前立腺摘出の際の勃起神経の再生をテーマに博士号を取得。ダヴィンチ手術でも勃起神経温存による性機能回復を目指している。
「男性は女性と違い、一気に男性ホルモンの量は落ちずジワジワと下がってくる感じです。30代後半で症状が出る人もいれば70代に出るなどさまざま。何らかのストレスによって男性ホルモンが下がる人もいます」
2011年の東日本大震災では、被災したストレスによる更年期障害で不調を訴える男性が多かったという。帝京大学医学部附属病院に勤務していた頃には、福島で被災し自殺を考えたという男性が受診し、治療を続け良くなった。
「男性の更年期は疲れやすい、やる気が出ない。性欲が湧かないなど心と体と性に関する3つの問題があります。かつては、年齢のせいやうつ病などと言われてきましたが、私の患者さんの中には心療内科で治療しても良くならない人が多かった。検査で男性ホルモンが低いことが分かり、男性ホルモン補充療法で劇的に良くなっています」
男性ホルモン補充療法は、2週間から1カ月に1度「エナルモン」という男性ホルモンを250ミリグラム注射する。症状が改善すると、男性ホルモンを上げるため筋肉を増やすよう指導する。
「筋肉は太ももが一番太く、細胞の一つひとつに男性ホルモンの受け皿があります。運動を続け筋肉が増えれば男性ホルモンの受け皿も増え、脳から『男性ホルモンを出せ』という指令が出て精巣から男性ホルモンが沢山つくられます。補充療法を行ない、元気になってきた頃を見計らってスクワットなどの筋トレをやるよう指導します。例えば歯磨きの時に30回程度スクワットを行ない、できるだけ階段を使って体を動かすことなどを推奨しています」
女性にとっても男性ホルモンは大切だ。副腎の他に若い人は卵巣からも男性ホルモンが分泌され筋力をつくっている。久末医師によると、優秀な女性アスリートは男性ホルモンの高い人が多く、それを見極めるのが「人差し指と薬指の長さ」だという。女性は薬指の長さが人差し指と同じか短い人が多いが、男性ホルモンが多いと薬指が長くなるからだ。
「男性ホルモンが多いほど薬指は伸びるので、優秀な女性アスリートは薬指が長い。薬指が長い人は顔のエラが張るという特徴もある。そのような女性はおしなべて筋力もあり運動能力が高い」
同病院では毎週水曜日に男性の更年期障害の外来を設けており、心当たりのある男性には受診を勧めたい。
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