Interview
鶴雅ホールディングスのトップに就任した大西 希 新社長に訊く
チーム力を鍛えて次代を拓く
地域の光を発信し地域に貢献

2026年06月号

(おおにし・のぞみ)1982年11月釧路市(旧阿寒町)出身。札幌聖心女子学院中学校・高等学校、聖心女子大卒。2005年4月阿寒グランドホテル(現鶴雅リゾート)入社。鶴雅ホールディングス取締役を経て21年から取締役副社長、26年3月代表取締役社長就任。公益社団法人北海道観光機構理事。趣味はマラソン。43歳

支笏湖温泉3館目「湖白の抄」が8月開業


道内旅館・ホテル業界のリーディング企業、鶴雅ホールディングス(本社釧路)で社長を務めていた大西雅之氏が今年3月1日付で会長に退き、新社長に雅之氏の長女で副社長だった大西希氏(43)が就任する世代交代が行なわれた。雅之氏のカリスマ性で成長し、昨年創業70周年を迎えた同社は、鶴雅グループ3代目となった希氏の下でチーム力を鍛え、新たな成長ステージに入る構えだ。その試金石となるのが、来たる8月に開業する「しこつ湖 鶴雅別荘 湖白の抄」。鶴雅ホールディングスのトップとなった希氏に今後の抱負や「湖白の抄」の特徴、鶴雅グループの未来像について訊いた。

(4月28日取材 工藤年泰・佐久間康介)


|入社後、大赤字を出した阿寒のパン屋で培われた経営ノウハウ|


 ──鶴雅グループとのかかわりはいつからですか。
 大西
 私が中学校2年生の時、当時の阿寒グランドホテルの女将をしていた母が交通事故で亡くなり、その頃から母の後を継ぎ、父を支えることを意識していましたが、入社したのは大学を卒業した22歳からです。でも私の最初の修業の場は、宿ではなくパン屋さんでした。
 ──意外なスタートですね。
 大西
 その頃、阿寒湖温泉に出た空き店舗を当社で譲り受けることになりました。当時、地域になかったものといえばパン屋、花屋、本屋さん。このうちホテルでも使えて地元や観光のお客さまにも喜んでいただけるということでパン屋を開くことになりました。ちょうど地元に帰ってきたタイミングだったので私が担当することになったのですが、パンの知識は何もありません。イチからお店を作る経験をして、それが今の「BAR DE PAN(バル・デ・パン)」に続いています。
 ──当時、パン屋でどういう仕事をされたのですか。
 大西
 店内での販売をはじめカフェカウンターでの接客など、とにかく朝から晩までお店にいました。地域で初めてのパン屋なので、たくさんの方に来ていただき、開業当初は毎日が長蛇の列。私も手がおかしくなってしまうほどパンを売りました。でも、ひと月終わって数字を見たら大赤字(笑)。初期投資がかさんだこともありますが、薄利多売のベーカリー事業はコストを慎重に見ていかなければいけないことを思い知らされた出来事でした。
 ──人気で売れたのに赤字だった。
 大西
 1日に焼ける数は決まっているので、得られる利益も限られます。専門のパン職人を雇いカフェもしていたので人件費も大きかった。そこで自分たちのホテル用のパンも焼くなどして、なんとか(黒字の)形ができていったという流れです。
 ──最初に得難い経験をされた。
 大西
 今もコンプレックスに感じているのは、他の業界のことを知らないことです。会社の後継者の多くは、学校を出て取引先や別の企業に勤めてから自社に戻るケースが多いと思いますが、私はそういう経験がなかった。そういう意味では、パン屋をやらせてもらったのは、自分の軸を作るひとつになったのかなと思います。

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「しこつ湖 鶴雅別荘 湖白の抄」の完成イメージ(外観)

「しこつ湖 鶴雅別荘 湖白の抄」の完成イメージ(ロビー)

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